犬の口腔内メラノーマ)に対する日本で新たに承認された治療薬、オンセプトメラノーマについて解説します!

https://www.boehringer-ingelheim.com/jp/herinkainkeruhaimu-animaruherusu-shiyahanより
  • どういう犬のがんに使えるの?
  • これで犬の口腔内メラノーマって治るの?
  • オンセプトメラノーマってどういう薬?

こういった疑問に答えます

本記事の内容

  1. オンセプトメラノーマというのはDNAワクチンです
  2. オンセプトメラノーマは一定の条件における生存期間の延長が効能です
  3. 効果についてはさまざまな海外での文献データがあり、結論はまだでていません

この記事を書いている僕ですが、

・オンセプトメラノーマに類似したDNAワクチンを山口大学動物医療センターで臨床試験していたことがあります
・がん免疫研究をしています
・独自の免疫療法(抗PD-1抗体による治療)を自ら作製し、臨床試験を行っています

こういった僕が解説していきます。

1. オンセプトメラノーマというのはDNAワクチンです

まずDNAワクチン療法というのは、免疫療法の一つであり、
がんの3大療法とよばれる外科手術、放射線治療、抗がん剤治療とはまったく異なる治療法です。

免疫療法は、体の免疫を調節することによってがんをやっつける方法で、
詳しくはここに書いていますので、読んでみてください。

免疫療法のなかで
DNAワクチンはおもに体のがんに対する免疫をあげる方法です。
ワクチンという名前がついていますが、
一般的に感染症の予防につかうように病気にならないために前もって打つわけではなく、
がんになったあとに治療として投与する治療ワクチンです。

がんワクチンというとさまざな方法があり、
 がん細胞自体をすりつぶして投与する方法
 がんがもつタンパク質やその一部(ペプチド)をうつ方法
などが古くから行われていますが、
基本的に動物においてきちんと効果が証明されたものは存在しません。

人では、コロナのワクチンで一躍有名になったmRNAワクチンですが、
mRNAワクチンをがんの治療に使用した臨床試験が実施され、
比較的期待できる効果が認められています(Killock D. Personalized neoantigen mRNA vaccine mitigates melanoma recurrence. Nat Rev Clin Oncol. 2024 Mar;21(3):168)。

一方、人でもがんに対するDNAワクチンとして承認されたものは存在していません。

ちょっと専門的な話(読み飛ばしても大丈夫です)

オンセプトメラノーマはDNAワクチンですが、
人のチロシナーゼという遺伝子をプラスミドDNAに組み込んだものを投与します。
なぜ犬のがんを治すのに人のチロシナーゼなの?って疑問を持ちますよね。

チロシナーゼは、もともとメラニンを作る際に働く酵素なので、
病気ではない犬でもメラノサイトはこの遺伝子がもともとタンパクとして発現しています。
したがって犬チロシナーゼをコードする遺伝子を犬に投与しても、
そこからできたタンパクは、犬の体のなかでは異物として認識されないように免疫寛容となっています。
そのためメラノーマの犬に犬チロシナーゼ遺伝子を投与しても、免疫反応はまったく起きません。

一方、人チロシナーゼ遺伝子を投与すると
これが犬の体内で人チロシナーゼとしてタンパク質になり、
それに対して免疫反応が惹起されます。
その免疫反応は、犬のチロシナーゼをもった細胞に対しても作用します。
犬のチロシナーゼをもった細胞というのは正常なメラノサイトやメラノーマのがん細胞なので、
その免疫反応によってそれら細胞が傷害をうけるわけです。

2. オンセプトメラノーマは、全ての口腔内メラノーマへ適応というわけではありません

オンセプトメラノーマは、
犬の口腔内メラノーマの治療薬として承認をうけていますが、
日本では今のところ条件付き承認です。

条件付き承認というのは、
市販された後、一定期間のうちにその有効性と安全性をもう一度評価したうえで、
その後、完全に承認されるという限定的な承認です。

そして承認を受けている内容は
「効能又は効果」にあるように「原発巣切除後の局所病巣が管理された(切除創遺残病変への放射線照射、並びに所属リンパ節への転移陰性、又は所属リンパ節が陽性である場合には切除又は放射線照射された)ステージ2又は3の口腔内メラノーマの犬における生存期間の延長」です。
長いですねー。笑

簡単にいうと肺などに遠隔転移しているステージ4の子の治療薬ではありません

また原発巣、つまり口の病変がきちんと切除できていて残存病変が残っていない、という条件なので、
かなりがっつり外科手術がされている、もしくはさらに放射線治療が行われている場合、ということになります。
あくまでもオンセプトメラノーマの目的は、
目に見えた病変が残っていない状態の場合に、
目に見えないような腫瘍細胞をワクチンでたたいて、
それによって生存期間を延長させよう、ということなわけです。

したがって目に見えたシコリがあるような状態で投与するというのは、
効果も証明されていないですし、適応ではないというところに注意が必要
です。

費用的にもかなり高い治療法で、飼い主様のご負担も大きくなるので、
口腔内メラノーマの子のための魔法の薬というわけではないということを
十分理解したうえで使用しないといけません。

3. 効果については、さまざまな海外での文献データがあり本当の意味での結論はまだでていません

さて、では効果はどうでしょう?

上記のように日本では現状条件付きということで承認をうけたわけですが、
それでは10年以上も前から使用されている海外のデータはどうでしょうか?

まずオンセプトメラノーマの海外での承認の歴史を少し振り返ります。
まず本製剤は、現在ではベーリンガーインゲルハイム社のものですが、
当時は、メリアル社が開発販売をしようとしていました。

メリアル社は、
2007年に米国農務省(USDA)から条件付き承認を得て、
2013年に完全承認を得ました。
一方、米国のデータでヨーロッパでも承認を得ようとしましたが、
欧州医薬品庁 (EMA)は、
検証試験において有効性が検証されていないということで、
きちんとコントロールをおいた試験を実施することが求めましたが、
メリアル社はその莫大な開発費用のため
それを実施せずヨーロッパでの承認を得ることを断念したという経緯があります。

こうした状況を踏まえてか、
オンセプトを犬の口腔内メラノーマに使用し評価した英語論文が全部で7報あります。
Pellin MAさんは比較的新しいレビュー論文で、これらの内容をうまくまとめています。

下の方にあるのが各論文のリンクです。
新しいものから並べましたが、
それぞれの内容についてはまたの機会に細かく書こうと思います。

一番下のGrosenbaughさんの論文が承認をとる際に使われたデータだと思いますが、
これによるとヒストリカルコントロール(つまり標準的な治療のみでワクチン未使用群)と比較して
ワクチン投与した場合には、生存は明らかに延びています。
ただEMAが指摘したように、ヒストリカルコントロールなので、
ほんとうの意味での比較にはならないという問題点もあります。

簡単にまとめると、
報告によって「効果がある」「効果がない」が分かれており、
現在のところはっきりとした結論はでていないというのが正直なところです。
Pellin MAさんもその論文のなかではっきりと書いています。
したがって、大規模な二重盲検によって
本当に生存期間の延長が認められるかどうかを明らかにしてほしいものです。

Turek M, LaDue T, Looper J, Nagata K, Shiomitsu K, Keyerleber M, Buchholz J, Gieger T, Hetzel S. Multimodality treatment including ONCEPT for canine oral melanoma: A retrospective analysis of 131 dogs. Vet Radiol Ultrasound. 2020 Jul;61(4):471-480. doi: 10.1111/vru.12860. Epub 2020 Apr 22. PMID: 32323424.

Verganti S, Berlato D, Blackwood L, Amores-Fuster I, Polton GA, Elders R, Doyle R, Taylor A, Murphy S. Use of Oncept melanoma vaccine in 69 canine oral malignant melanomas in the UK. J Small Anim Pract. 2017 Jan;58(1):10-16. doi: 10.1111/jsap.12613. PMID: 28094857.

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McLean JL, Lobetti RG. Use of the melanoma vaccine in 38 dogs: The South African experience. J S Afr Vet Assoc. 2015 Apr 30;86(1):1246. doi: 10.4102/jsava.v86i1.1246. PMID: 26016668; PMCID: PMC6138178.

Boston SE, Lu X, Culp WT, Montinaro V, Romanelli G, Dudley RM, Liptak JM, Mestrinho LA, Buracco P. Efficacy of systemic adjuvant therapies administered to dogs after excision of oral malignant melanomas: 151 cases (2001-2012). J Am Vet Med Assoc. 2014 Aug 15;245(4):401-7. doi: 10.2460/javma.245.4.401. PMID: 25075823.

Ottnod JM, Smedley RC, Walshaw R, Hauptman JG, Kiupel M, Obradovich JE. A retrospective analysis of the efficacy of Oncept vaccine for the adjunct treatment of canine oral malignant melanoma. Vet Comp Oncol. 2013 Sep;11(3):219-29. doi: 10.1111/vco.12057. PMID: 23909996.

Grosenbaugh DA, Leard AT, Bergman PJ, Klein MK, Meleo K, Susaneck S, Hess PR, Jankowski MK, Jones PD, Leibman NF, Johnson MH, Kurzman ID, Wolchok JD. Safety and efficacy of a xenogeneic DNA vaccine encoding for human tyrosinase as adjunctive treatment for oral malignant melanoma in dogs following surgical excision of the primary tumor. Am J Vet Res. 2011 Dec;72(12):1631-8. doi: 10.2460/ajvr.72.12.1631. PMID: 22126691.

投稿者プロフィール

Takuya Mizuno